インタビューファイルNo.04
 
 
映画作家
原 將人

引用元:RECIPROT第1号より

取材・文 森田和幸
(※取材は2009年5月のものです)

原 將人 PROFILE

1968年、高校在学中に撮った映画『おかしさに彩られた悲しみのバラード』で第1回東京フィルムフェスティバルグランプリ受賞。 自主映画制作のムーブメントを作った。
1997年、初の商業作品として『20世紀ノスタルジア』を監督。主演の広末涼子が一躍スターダムに上りつめるキッカケとなる。
現在は京都市在住。映画というもののあり方について世に問いつづける一方で、フィルム3本同時上映・同時演奏という 今までにない映像ライブを精力的に行っている。

 

映画に発信側の変化を

「映画が、常に同じパッケージをされている必要はないんだ」
 原監督はそう語った。
 19世紀末に誕生した映画という表現方法。それが20世紀の資本流通のシステムに組み込まれた結果生まれたのが、 「映画のパッケージ化」だという。 中身が変化しない作品を、常に同じような環境で観客が受け取る。そこに生じる変化は受信者側だけであり、 送信側の変化、ライブ感というものは存在しない。
「だが」と原監督は言葉をつぐ。
「映画というものが常に同一の形態で見られる必要は、どこにもないのです」と。
 だから原監督は、常に自分の上映会で、キーボードを友として、ライブ演奏を行っている。
 原監督が現在取り組んでいる「マテリアル&メモリーズ」は、8ミリを中央と左右に合計3面同時上映し、 それに原監督自身の演奏と歌を合わせて、その映像空間を楽しむというものだ。この方式には、 映画館でなくライブハウスやギャラリーが向いている。
「3面同時上映という手法は、受け取り側に新たな刺激を与えることができる」と原監督は言う。
 映画という存在を、「映画館で観るべきもの」という受け取り側の観念で縛るのはもったいない。 固定観念から開放されて、もっと自由に楽しめるものにしたい。そんな思いが伝わってくるようだ。
「受け取り側の方で自由にできる受け取り方の変化というのは、広いようで狭い。だから僕は、 その瞬間その瞬間しかないような変化を発信したくて、ライブをやっているんです」

 

ドラマでなく、光と音の楽しみを

画の世界には印象派という存在がいる。19世紀後半にフランスで始まった、今の絵画につながる大きな潮流の運動だ。
 20世紀になって生まれた映画は、絵画で言うところの印象派だと原監督は語る。 モネなどが用いていた点描という手法が遅れて取り入れられたのが映画という存在なのだと。
 そして今。映画という存在は、ドラマを語るものとして扱われている。
 原監督は、それに対して一つの警鐘を鳴らす。
「本来の映画の鑑賞方法として、光を楽しみ、音を楽しむということがあると思う」
 それは原監督の心に昔から根付いている心情だ。例えば1969年に自身が監督を務めた『20世紀ノスタルジア』の主人公は、 映画好きな自分のことを「光と音を食べて生きている」と表現した。光と音。それがあわさった映画というもの。 それを楽しむのが映画を見ることだ、という考えが原監督にはある。 しかし今では、それ以外のことが重視されすぎているんじゃないかと言う。
「映画で一番話題になるのがドラマだと思います。ですがそれは演劇的な要素であって、映画は他にもいろんな楽しみが あってもいいと思うんですよ」
「脚本が云々」「役者の演技が云々」映画の批評でまずそれが言われがちな昨今の中で、原監督の主張は斬新で、 しかしそれでいて原点に立ち返るような問題提起だった。

 

フィルムという存在

「ビデオは映画じゃない、と僕は思うんです」と原監督は静かに語ってくれた。
 そこには監督自身の、“記憶”と“記録”に関する考え方の違いがある。例えばビデオは記録であり、映画は記憶である、と。
「デジタルは、細かい話を言うと、ずっと画面のどこかのドットが点灯しているシステムなんですよ。走査がずっと走っているから。 それは脳の動きと似ているんだけど、似すぎているのは問題かもしれないですね。映像の中のことが自然に脳に入りすぎちゃうから」
 その点フィルムの優れた点はどこだろう。
「フィルムは、スチールの画が並んでいて、それぞれの間に黒い一瞬が挟まっている。連続していないから、 脳と同化していかずに済むんですよ」
 一番原監督が言いたいのは、今デジタル一辺倒になっている現状への問題提起だ。
「テレビって存在はあくまで中継技術なんです。映像を映す技術とはまた違うもの。 だから、フィルムと同じようなシステムも作れるはずなんですけど、誰もそれを提唱していなくて、 ずっと同じ一つの技術だけで映像を映しているわけです。もっとたくさんの映し方があってもいいわけでしょ。 それを忘れると、どんどん映画というものが印象に残らないものになっていっちゃうと思うんです」
 8ミリのシングル8は1965年に富士フィルムが開発し、有名になった規格だ。だが2007年に販売終了、 2008年に現像終了の通達が出され、全国のフィルム愛好家に衝撃を与えた。彼らの努力の結果、終了は延期されたが、 今でもビデオの波に押され、フィルムの存続は危うい。(※2009年6月、再度の終了が通達されました)
 だがフィルムの質感を好む映像人は多い。「時代の流れ」と言いながら一辺倒にビデオに寄りかかるのではなく、 フィルムの良さも知ってもらいたい。原監督はそう言っているようだった。

 

原さん、ありがとうございました!

以下リンク先
HARA MASATO OFFICIAL SITE

引用元:RECIPROT第1号より

inserted by FC2 system